1982年から放送されたロボットアニメ『超時空要塞マクロス』の中で、主人公の一条輝がリン・ミンメイ相手に「御宅(おたく)」という二人称を使う場面があり、ファンがコミケやSF大会などでこの呼び方を真似たことで[5][6] 、アニメファンの中で相手を指し示す際の「おたく」という言葉の用法が広まったとされる。
二人称が「オタク」になった理由はWikipediaにこう書いてるな
キモい奴らをまとめて「オタク」って呼び出したのが>>1の奴
「ブルトレ撮りに行って線路上でひき殺されそうになる奴」(当時は「撮り鉄」という呼称はなかった)
「アニメ映画の公開前日に並んで待つ奴」
「マイコンショップでたむろってる牛乳ビン底メガネの理系少年」
「SFマガジンのバックナンバーと早川の金背銀背のSFシリーズが本棚にビシーッと揃ってる奴」
「有名進学塾に通ってて、勉強取っちゃったら単にイワシ目の愚者になっちゃうオドオドした態度のボクちゃん」
などを挙げ、そうした普段は暗いのにコミケだとやたらにはしゃぐ少年少女など、対人コミュニケーションが不得意な人らを一括りにして、「おたく」と命名した
ここホンマワイに効くからやめてほしい
オタク側やけどオタク文化は主流にはなってないと思う
オタクの主流の好みは一般層には刺さってない
アニメってジャンルに90年前後の悪意みたいなのが消えたくらいでアニメと言うコンテンツに触れるがオタク文化側にはいないが大衆の現在位置や
それはピラミッドのてっぺんは先鋭化して誰もたどり着かないって言ってるだけ
でも底辺には一般人も群れてる
そしてピラミッド全体がオタク文化だから主流
一般人は他に余興がなくオタク文化に寄ってくるしかなくなった
ネットもゲームもSNSも昔なら画面ポチポチしてる陰キャの娯楽と言われていただろう
でも今は全員やってる
ゲームなんて90年代まで皆やってたコンテンツやでゲーム=オタクのイメージはない
アニメだって夕方やゴールデンタイムにやってた大衆コンテンツやったからな
実際は逆でもっとイナゴや
今みたいに深夜アニメなんてないし漫画作品も90年以降と比べても多くない
ゲームやって今ほどオタク向けなんてあんまりない時代や
オタクは順張りか逆張りみたいなのがメインで趣味の多角化は実は起きてないから
マイナー(有名なOAV好き)とかってレベル
そんな層が生き甲斐を見つけることまで否定してやらんでも
岡田斗司夫もこう言っとるし、まさしくチー牛ってワードと同じやな
「おたく」という言葉がない時代は、いろんな種族がいただけでした。
SFファンとかアニメファンとかマンガファン、個別の作品とか個別のジャンルのファンがいたわけです。
それを外側からひとまとめにして、ああいう奴らを「おたく」と言うんだと決めつけられてから、私たちの民族が発生した。
だから、正確に言うと民族じゃなくて私たちはもともとは他者から「強制収容所に入れられた囚人」でした。
あるときから、「ヘンなやつら強制収容所」が作られた。そこに収容される理由は様々でした。
まずは「アニメ好き」「マンガ好き」「ゲーム好き」という人たちがぽんぽんと放り込まれた。
それだけではなくて「なんか暗い」とか「なんか社会性がない」という人たちまでも、ぽんぽん放り込まれていった。
この収容所の看板が「おたく」でした。
おたくは収容所w
すでにチー牛の概念が存在してたってすごいよな
経済効果ガーって言ってる連中かw
目的の為に生きるんじゃなく消費が目的に置き換わったから
むかしコミケの女と飲み会したことあるけどそこそこ可愛い子とかもいたけどな
君の言う昔がいつのことかわからんがこのコラムは40年前のものやで
君が還暦越えてるならその通りなんだろうけど
どっちもコミュ障なのは合ってるけど
チー牛やけどそこまでオタクやない奴もおるやろ
NHK新会長「今の若い人たちは受信料をサブスクだと思っている!それは違う!」 »
それで栄養のいき届いてないようなガリガリか、銀ブチメガネのつるを額に喰い込ませて笑う白ブタかてな感じで、女なんかはオカッパでたいがいは太ってて、丸太ん棒みたいな太い足を白いハイソックスで包んでたりするんだよね。
普段はクラスの片隅でさぁ、目立たなく暗い目をして、友達の一人もいない、そんな奴らが、どこからわいてきたんだろうって首をひねるぐらいにゾロゾロゾロゾロ一万人!それも普段メチャ暗いぶんだけ、ここぞとばかりに大ハシャギ。(中略)
もー頭が破裂しそうだったよ。それがだいたいが十代の中高生を中心とする少年少女たちなんだよね。(中略)

それでこういった人達を、まあ普通、マニアだとか熱狂的ファンだとか、せーぜーネクラ族だとかなんとか呼んでるわけだけど、どうもしっくりこない。
なにかこういった人々を、あるいはこういった現象総体を統合する適確な呼び名がいまだ確立してないのではないかなんて思うのだけれど、それでまぁチョイわけあって我々は彼らを『おたく』と命名し、以後そう呼び伝えることにしたのだ。